地下鉄一駅分のポチポチ

ゆるゆる雑談 暇つぶしにどうですか

大木のように

娘が熱を出したときは、だいたい私が心配事を抱えているときだった。

 

復職先が決まらなかったときも、夫と意見がすれ違ったときも、職場での悩み事があったときもそうだった。

実家の母が入院したときは、40度の熱が3日間続いた。

 

子どもは親の不安や怒りを繊細にキャッチする。見えない負のオーラを感じ取り、うまく消化出来ずに身体の不調として表してしまっていると思う。

 

私はその度に反省した。

娘に負担をかけてどうする。

私がゆらいではいけない。強くなければ。と。

 

不安なことがあるとき、いくら笑顔でいてもやはり子どもにはお見通しであることが多い。

じっと私の目を見たり、変に甘えてきたり。

 

私は、こう思う。

自分を大切にすることは、他人を大切にすることに繋がる。

誰かのための自己犠牲は、やめた方がいい。

 

よく「好きな人が幸せなら私はそれでいい」という女の子がいる。いや、男性でも見たことがある。

私はそれは反対だ。

もし、夫に「君が幸せなら僕は不幸になってもいい」と言われたら「ふざけんな」と言うと思う。

「ふざけんな、一緒に幸せにならなきゃ嫌だ」と。

 

自分だけが幸せならそれでいいと言う人はいるかもしれない。でもそれで自分の愛する人が不幸になったら私は悲しい。

私は、私も含め、愛する人全員が幸せになれる方法があると信じている。

 

娘が教えてくれたのだ。

私が笑顔でいること、それが家族にとっての幸せだと。

 

毎日笑顔でいることは難しい。母親である前に人間なので、喜怒哀楽もある。

それでもありのままを受け入れてくれる夫や娘に感謝をしている。

 

これから先、生きていく上で想像も出来ない嵐が来るかもしれない。

そのときに揺らがないように、揺らいでも少しで済むように、大きな根を張った大木のようにどっしりと構えた母親になりたい。

幸せを与えられるように。

幸せになれるように。

 

強い女性になるにはまだまだ先が長そうだ。