地下鉄一駅分のポチポチ

ゆるゆる雑談 暇つぶしにどうですか

たった一冊の本を読み終えた、の巻

先日、久々に本を一冊読み終えた。

買った時は「一日で読めそうだな」と思っていたのだが実際は1ヶ月ほどかかってしまった。

読書の時間を作ろうと思っていても、日々の生活に流されてしまっていた。

頭の片隅に読みかけの本がチラつかせていたのだが、なかなか手に取ることをせず、机の上に置きっ放しにしたりしていた。

それでも一日1ページ、ぐらいのペースで踏ん張りながら少しずつ読み進めていた。

ページ数がだんだん少なくなるにつれ、もうこの本は意地でも今日読んでやる、という謎の使命感にかられ、最後は夜中の12時まで読んでやっとこさ読み終えた。

 

結果、なぜかものすごい達成感を得ることができた。

長編小説でもなく、難しい内容でもないのに。

 

自分の時間を確保するのが難しい、と思っていたのだが、一冊の本を読むことができた。

この事実が、「自分の時間はある.ない」ではなく「自分の時間はつくる.つくらない」なのだということに気がつかせてくれた。

 

また、その本の中にこんな一文があった。

「生まれつき特別な才能があるひとよりも、学ぶことが上手な人の方が将来的には大きく成功するものです」

 

学ぶこと、を最近は怠っていたなぁ。

自分は大変だ、主婦は時間がない。

そう主張することがある意味自分を肯定するための言葉でもあった。

大変だ、時間がない、だから本を読むと決めたけど出来なくてもしょうがない、と自分を慰めていたんだと思う。

もちろんそういうのも悪いわけではないし、休む時間も必要だけど、踏ん張れそうな時は踏ん張ったほうがいい。

 

知らなかったことを知る喜びを忘れたくない、とつくづく思った。

 

娘は「あれはなに?」「これはなに?」と指差しをすることが最近面白いらしく、一日中聞いてくる。

絵本を開いては「これは?」「これは?」、ベビーカーに乗っては「あれは?」「あれは?」と指差しまくっている。

 

正直疲れているときや、家事をしているときにこれが始まると「またか…」とげんなりしてしまうことがあったのだが、きっと娘は知らないことを知る喜びをいま全身で感じているのだろう。

そう思うと、その気持ちを大人になっても忘れてほしくないし、「もっと知りたい!」の気持ちは大切にしてあげたい。

 

とはいえ、なかなか全部に付き合うのは難しいので、必殺パパに聞いてみようか〜 を適度に使いながら、娘とともに知りたい気持ちを大切にしていこうと思う。